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鳥取地方裁判所 昭和24年(行)8号 判決

鳥取県西伯郡崎津村大字津

原告

朴基運

同所

原告

朴永イク

右両名訴訟代理人弁護士

馬淵分也

被告

米子税務署

右代表者

原見一馬

右指定代理人

大蔵事務官 成安勝也

岩田隆之

被告

右代表者

法務総裁 殖田俊吉

右指定代理人

法務庁事務官 鈴木喜代磨

塚本馨

右当事者間の昭和二四年(行)第八号行政処分取消並違憲確認請求事件について当裁判所は左の如く判決する。

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は被告米子税務署は原告等に対する昭和二十三年十月二十一日附税法違反告発処分を取消すこと。被告国は現行酒税法中酒税の課率(第三章第一節に関する規定並びに酒類統制法令が憲法に適合しないことを確認すること、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めその請求の原因として陳述したところは「原告等二名は韓国人であつて戦争中より日本国に居住し相当の職を得て安居楽業していましたが終戦と同時に失職し現在でも無職で生活困窮者であります。原告は日本国居住の第三国人でありますから日本国憲法の謂う所の国民ではありませぬ、然しながら憲法公布の前文においてこういうことが宣布せられている。「われらとわれらの子孫のために諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、(中略)その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する(中略)われらは平和を維持し専制と隷従圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う。われらは全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免がれ平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらはいずれの国家も自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従うことは自国の主権を維持し他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は国家の名誉にかけ全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」とあります。この憲法の精神によれば在日韓国人と雖も人類不遍的原理に従い日本国民と同様の自由のもたらす惠澤と福利とを享受し専制隷従圧迫偏狭とは、日本国の地上から除去せられている筈である。然るに若し事これに反するが如き法令及び処分あらんか、そは直ちに憲法違反として排除せらるべきである。即ち本件において言う所の現行酒税法中の酒税の課率規定、酒類統制法令及びこれによつて発せられた米子税務署の原告等に対する告発処分等は何れも日本国憲法に適合しないことを主張してその確認に付憲法上特権を有せらるる裁判所に訴うるものである。殊に此問題は原告等二名の問題に非ずして在日韓国人六十余万人の痛切なる叫びであり訴であります。終戦前における我等同胞は日本国民として一切の国民的権利義務が與えられましたあらゆる選挙権を行使して言論の自由、思想の揚達もできました又納税の義務も負担履行して内地人と同様の待遇を得ていたのであります。然るに一度敗戦となるや第三国人となり然も帰るに家国を有しない天涯の孤客となり又同時に職を失い選挙権をも失いました唯戦前同様義務のみを負担させられていますそれは納税の義務であります。権利なくして義務のみを負担し一向に職をも與えられずさりとて生活扶助は受けていませぬ。これを日本国民の在外引揚者に比較すればその差霄攘も啻ならぬものがあります。納税せよ、生活保護はせぬ、職も與えぬとの方針はこれ日本国憲法にいう所の人類普遍の原理に基く惠澤福利でありましようか専制、隷従、圧迫、偏狭でないでしようか、平和平等、自由、無差別に反するものではないでしようかこれ我等同胞六十余万人の痛切な真剣な叫びであります。以下その由つて基くところを分説しましよう。終戦前平和時代における内地の酒類造石高は人口六千万に対し一ケ年四百万石であつた、然るに現在では人口八千万と唱えられますからこの率から行けば一年五百三十万石の酒が生活必需品として需要がある、然るに現在では四十余万石に制限して需要に対し僅かに十三分の一に過ぎないのである、人類数千年来の飲酒が法令を以ても禁止し得ないことは先進国北米合衆国で禁酒法が短期間に廃止せられたのが動かし得ない実証であつて敢て原告等の証明を待つ迄もなく裁判所に顕著なる事実である。ここに生活上の必需品としての酒を求めるの欲望が彌増し来るのである。需要あつての供給なる経済上の自然法則が是認せらるるなれば生活必需品を最低限度の生活上から観て五百三十万石を與えない方法即ち法令乃至は行政処分自体が憲法第二十五條謂う所の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利の侵害行為であります。換言すれば需要ある酒を與えぬ政府の行為が憲法違反である次に酒税率に付検討せんに酒税法第三章第一節酒税の課率として第二十七條において清酒一級一升に付三百三十円、同二級一升に付二百四十五円、合成酒一升に付二百十円、焼酎一升に付二百十五円(一石を舛単位とする他酒省略)第二十七條の五(特価酒)右二十七條の率に加算率清酒一級一升に付四百四十円、同二級酒一升に付三百九十円、合成酒一升に付三百七十円、焼酎一升に付三百七十円であつて之に基く現行小売価格は清酒一級一升に付四百八十六円六十七銭、同二級一升に付三百七十八円五十二銭、焼酎一升に付三百三十五円二十六銭が所謂配給酒価格であつて二十七條の五である特価清酒一升に付九百七十三円三十五銭、同二級一升に付八百十一円十二銭、焼酎一升に付七百五十七円五銭であつて以上には地方税が付加税として加算せられている。今特価一級酒に付戦前の平和時代においては酒税一升三十銭小売一級酒一円五十銭を標準としていたものである、依つて特価一級酒税率七百八十円は戦前三十銭に対し実に二千六百倍に相当する、これを通貨膨脹の比例と対照すれば戦前十数億円に対し現在三千五百億円は三百五十倍にして通貨比率を超えること実に二千二百五十倍であつてその突飛さは言外で苛斂誅求これより大なるはない。特価酒一升千円では所謂最低限度の生活として賃金ベース六千三百円でも買えないのである,此の賃金ベース中には配給酒焼酎一升三百三十五円が一ケ月何程の量が算入せられているか不明であるが恐らくは幾何も算入してないものと信ずる、若しこれを五百三十万石の造石にすれば現在と同一の税額を上ぐるには一升六十円の税額にて足りることなのである。次に日本国はこの案に反対して米を一年に五百三十万石の造石用に充当することは出来ない相談であろう。四十万石が手一杯と言われるであろう。此点に付ても国の施策に付進言したいと思う現在の日本国は合成清酒醸造法が特許年限を経て今や自由醸造ができることになつているから問題は其の原料である酒精の醸造所謂焼酎の醸造である、酒税法施行規則第三條によれば酒税法第九條第一項第二号の規定による焼酎の原料は米、麦、

粟、黍、稗、玉蜀黍、高粱、馬鈴薯、甘藷、菊芋、穀斗果、栃の実、蘇鉄の実、此等の麹、

清酒粕、合成清酒粕、味淋粕其の他大蔵大臣の指定する物品とす。と規定してその原料は広汎多岐に亘り敢て米麦の如き主食資材に依存するの必要がないのである右の内甘藷と菊芋との原料は既に世の定評あるところ腐敗量の甘藷を原料に廻すことは一挙両得菊芋も亦主食外麦産資材であるから原料に不足はない、更に日本国においても腐敗林檎果実を以つて焼酎醸造に成功せる旨青森林檎試験場で発表済である国内産林檎の半数を焼酎原料に廻しアルコール四十五度のものを得ることは実験上易々たるところこれを原料としてその四倍の合成酒を醸造せば優に年産一千万石の合成清酒を得るという、これを嗜好上に考えこれを衛生上に鑑みるも喫緊に施行すべき良策であろう、一年千万石を得て一升五十円の税率としても五百億円の税収を得て一挙両得となるのである、法規に定めながらこれを運用することを為さずして米にのみ依存せんとする政府の政策は陋策といわねばならぬ。以上の如き理由に基き税率規定と需要の十三分の一過ぎない造石処分、配給処分等は何れも憲法に適合しない違法及び違法処分であるからその無効並に取消を求めると同時に米子税務署が原告等に為したる告発処分は右違法に基く処分であるから之が取消を求める。殊に原告等の行為は上述の如く無職にして生活を維持し難い為家族等の生命保持上止むを得ず需要に対する供給を為し以て危急を防止した緊急避難行為である点より言うも米子税務署の告発処分は取消されねばならぬものであることを主張する原告等は茲に酒に関する最近の世相を達観すれば客年十月十九日発行の山陰日日新聞の報道には「摘発を横目に密造酒横行ー売れぬ特価酒嘆く酒屋」の標題の下において密造酒の摘発にヤツキとなつている検察庁側をよそにこの頃はドブの大流行米子市内の目ぬき通りでさえ清酒は一日に一本平均も売れずドブ酒の力は大したもので先月中成人一人当り一合ずつ配給した合成酒を見ると郡部は半分以上も余り業者が配給切符をかり集め公団への手続をする一方税金を何とか工面して拂込む等苦しいやりくりに追われ市内でさえ某酒造元は七斗の合成酒が六斗一升しか出ていない業者一般の意向として「密造酒のみを追い廻すより造石を従来の二倍とする一方千円近い価格を半分に引下げれば結局造酒の売れ行きがよくなり酒税の確保が出来る」ものとみているとある。本年一月二十七日の同紙上では「ドブ酒密造に懲役一年求刑」なる題下で一月二十六日松江地方裁判所の公判でドブ酒三斗五升密造に対し懲役一年罰金四万円の求刑があつて検察陣側が断固たる処分に出て注目されているとある。本年一月三十日の同紙上において違反二千七百件国警本部の十二月の密造取締との題下にて十二月中に酒類の密造取締を実施し二千七百三十七件二千八百二十三名を検挙した、これを国籍別に見ると日本人千百四十九件千百八十九名、朝鮮人九百十三件九百四十七名その他五十件五十名となつているこの取締による押収物件は六千五百七十三キロで精米百二十俵である地方別は一都一府五県で押収濁酒の特に多かつたのは青森県の四十九石九斗一升であつたとある。本年二月十日の朝日新聞紙上において「ドブ酒を断固取締り暴力化した集団密造し尼崎の密造村急襲百十余名を検挙武装警官千二百名が出動なる題下において容疑者日韓人百十二名を拘置モロミ麹四斗樽五百個をはじめ密造酒および器具はトラツク三十二台分に上つている。以上の世相は何を物語るでありましようか酒類販売業者は高率税では税収が確保できぬ言いかえれば高率税が密造酒を誘導するとの意向である密造防止に厳罰を以て臨むも之れを防止し得ないことは社会統計が示している日本人の違反が韓国人の数を遥かに超えているのは高率税の結果である林檎特産地であつて全国産額の過半数を占める青森県が違反のトップを切つていることは皮肉の現象と言わねばならぬ密造酒の資料が全部精米であることは国の米の統制を裏切るものである国費の支弁による国の警察官吏千二百名が出動して百十余名の男女を拘置しトラック三十二台を使用したのは何れも不生産的行為である取締のための国務の消費でありまして、そのここに至つた原因は高率税金と需要を裏切つた僅少額の造石処分の産物でしかあり得ない等々の切実な世相実生活の状態より鑑みるも現行酒税法の悪課税率であることを裏付けるのみであつて何等正当付け得る資料がありませぬ殊に本件被告の代表者であつた有和順三郎はその職務執行に際し、不正行為があつたとして拘置処分を受けたとの新聞紙の報道によつても原告等に対する告発処分は到底公平な処分であるとの断言ができない点においてもその取消の理由は充分に存在するものである。」と言うにある。

被告等指定代理人は何れも原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告等が韓国人であること酒税法第三章第一節に定められている酒税の課率が原告等主張の如くであること及び焼酎の原料が原告等の主張の通りであることはこれを認めるが原告主張のその余の事実はすべてこれを否認する旨述べなお被告米子税務署指定代理人は米子税務署長の行つた告発処分は原告の権利義務に何等具体的な法律効果を及ぼすものではなく単に原告等を刑事訴訟上の被疑者として指定したに過ぎないから行政訴訟の対象となる行政処分と謂うことができず又酒税法は原告主張の如き憲法違反の法律ではないからこれらの法令にもとづいて行つた告発処分は決して違法ではない旨述べ被告国の指定代理人は原告の本訴請求中国に対する部分は特定の権利又は法律関係を訴訟物とするのではなくて法令自体が憲法に適合しないことの確認を求めるものであるから訴を以て請求するに足る権利保護の利益を欠き請求自体失当である旨述べた。

理由

原告等は本訴において米子税務署を被告とし同税務署の原告等に対する昭和二十三年十月二十一日附酒税法違反告発処分を取消す請求をすることは訴状に徴し明らかであるから先ずこの点について按ずるに酒税法の犯則事件についての告発は酒税法第十四條第六十條国税犯則取締法第十四條第十七條等の規定により税務署長においてこれをすべきものであることが明瞭であつて税務署が告発すべきものでもなく又これをすることはあり得ないから原告等において米子税務署が右告発処分をしたと云うのは全くの誤解でなくて何であろう。しかも税務署長は国家の機関として所管の国家事務につき国家の意思を決定しこれを表示し得る権限を與えられているから官庁であり行政庁であると言うべきであるけれども税務署そのものは国家事務を行うに必要な一つの人的及び物的の設備の全体であつていわゆる官署に過ぎないから国家の機関でもなく又右のような権限を何等有していないので官庁でも行政庁でもあり得ない。まして税務署そのものに訴訟法上当事者たる資格を認めた法令もないから米子税務署は全く当事者としての適格を欠くものであるがそれに拘わらず原告等の右訴は米子税務署を被告とするものであるから不適法であることはいうを俟たない、当裁判所においては原告代理人に対し如上の点について釈明を求め被告を変更するかどうかについて訴訟手続を促したけれども原告訴訟代理人は前示の如き主張を固執するので一応前説示の通り判断をしたのであるが原告等において右被告とすべきものを誤つた点は行政事件訴訟特例法第七條の規定により故意又は重大な過失がない限り本訴訟の係属中これを変更することができ且これを変更すれば足り、そうした場合争訟の内容について判断を進めねばならぬ段階になるばかりでなく裁判はかような訴訟代理人の陳述のみに拘泥して形式的判断に終始することを以て能事了れりとするものでなく、当事者自身の権利の保護について深く考慮すべきことを使命とするものである意味においてここに敢えて判断を右訴の請求の当否に及ぼすことにする、さて原告等の右訴において言わんとする主張は、これを要約するに米子税務署長が原告等の濁酒を密造したことにつき昭和二十三年十月二十一日附で酒税法違反告発処分をしたがこれは違法な行政処分であつて取消さるべきものであると言うにあること訴状の文意を通じてこれを看取し得るにつき按ずるに凡そ行政訴訟において取消の対象となるべき行政庁の処分は行政庁が公共団体又は国民に対して行う公法上の行為であつてこれらの者の権利義務に具体的法律上の効果を及ぼすものに限定せらるべきであると解するを相当とする、そこで仮に米子税務署長が原告等主張の如き事由の下にその主張の如き告発をしたものとするもその告発は米子税務署長が法規に則り単に原告等の酒税法の犯則事件を捜査機関に申告したものに過ぎずしてこれがため原告等の権利義務に何等具体的法律上の効果を及ぼしたものと言い得ない、従つて原告等の右訴は結局行政訴訟の取消の対象となるべき行政処分を欠くものであること勿論であるから爾余の主張について判断を為すまでもなく概に失当である。次に原告等の被告国に対して現行酒税法中の酒税の課率に関する規定並びに酒類統制法令が憲法に適合しないことの確認を求める訴について按ずるに凡そ確認の訴は特定の権利又は法律関係の存否を即時に確定するについて法律上の利益を有する場合で云いかえれば特定の権利又は法律関係が当事者間に明確でないため判決によりこれを除去することを必要とする危険があり、且判決によりこれを除去し得べき場合でなければ権利保護の必要がないから許さるべきものでないことはその本質からして当然である。従つてその訴訟物は特定の権利又は法律関係を内容とせねばならぬ、しかもこの訴訟において憲法で認められた裁判所の法令審査権に基き法令が憲法に適合するかしないかを審査して憲法に適合しない法令の適用を排除することはできるけれどもかような訴訟物を前提とせずにただ単に抽象的に法令そのものが憲法に違反することの確認を求めることは具体的に権利保護の利益を欠くものと言うべきである。これを原告等の右訴について観るに特定の権利又は法律関係を訴訟物とするものでなく、抽象的に法令そのものが憲法に違反することの確認を求めるものであること原告等の主張自体に徴して明らかであるから右説示に照しこれ又失当なことが明らかである。よつて原告等の本訴請求は全部これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決した。

(裁判長裁判官 福永亮三 裁判官 柚木淳 裁判官大倉道由は差支えのため署名押印することができない。 裁判長裁判官 福永亮三)

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